これからあなたはほぼ全ての自由を失います
あなたの言葉は、多くの人に聞き届けられないでしょう
あなたの行動は、全て貴方のためのものにはならないでしょう
あなたの実績は、全て私達のものとなり、何一つあなたに残らないでしょう
あなたが犠牲にする多くのものは、私達には当然たるものにしかならないでしょう
それでも、あなたは、私達に尽くしてください



――その代わりに、私たちは、あなたの願いをたった一つだけ聞き入れましょう
・・・あなたが、あなたである限り、この生命、尽きるその時まで


次元、というものがある。
星がひとつあれば次元が変わっても、その場所に星は存在するけれど、
中身は全く違う、似ても似つかない世界がそこにある。

しかし、本来次元は隣り合っていながら干渉しあうことは、まず、ない。
それは、次元と次元の間に不可侵の見えない壁があるからだ。
その壁は、両世界の干渉を防いでいた。・・・筈だった。

それはいつの頃からか、もう誰も覚えてはいない。
それ程にはるか昔から起きた異常事態。

それは、壁に突如出来る、小さな穴
いつの間にか開き、いつの間にか塞がるほどの小さな穴 、
しかし、ほんの僅かな時間でも開いた穴は
人を巻き込み別の世界へ追いやってしまう。

しかし、もし、その追いやられた世界が自分の世界より
あらゆる面で魅力的な世界だったら?そして、そこに住む人々が自分よりはるかに脆弱な<
存在だったら?
結果は簡単で、その世界を自分のものにしようと異世界に攻撃を仕掛ける。
けれど、狙われた世界だって、ただ見てるだけなんてしたりはしなかった。

その世界は、異世界人・生物専用の対策組織を創りだした。
その組織の名は「ヴィスタ―」、異世界の存在「シハーブ」の侵略をくい止め、
「シハーブ」を元の世界へ送り返す、そのための国家組織である。

そうして、世界は続く 穏やかな日常の裏で飽きることなく戦いは続いている――



ヴィスターは、その特殊性故に誰もが知っている組織ながら、
組織の内情はほぼ誰も知らない、妙な組織だと言える。

だれも知らない理由は単純明快、――理解できないから。
例えば、町中で「シハーブ」について知っていることを適当な人に聞いてみたりするとしよう。
多分大多数は「恐ろしい風貌と恐ろしい力を持った化け物」的なことを言うと思う。

「まぁ、政治とシハーブの情報って似たようなもんだと思うんスよ。」
鮮やかな赤い髪の年若い青年の少し高めの声が部屋に響く。
その言葉に反応して、赤髪の青年より少し年上っぽい黒髪の青年が
興味津々といった様子で赤髪の青年に尋ねてくる。
「へー、そうなのか?例えばどんな風に?」
赤髪の青年は楽しそうに話す。
「ほらー、政治もパッとした情報だけで大体の人間は内情全然理解してないでしょ?
シハーブもねー、なんか妙に可愛らしい見た目のやつとか、ほぼ人型のやつとか、
・・・そういえばこの間猫耳ギャルが居たーって、なんか騒いでたけど、
あれも獣人型のシハーブなんすよね。」
「マジかー、俺、その時ちょうど見れなくてかなり悔しい思いしたんだよなぁ」
「・・・先輩、そういう趣味っスか」
赤髪の青年はやや引いたような表情になった。
先輩と呼ばれた黒髪の青年は自分の地雷発言に気づいて、やや目をそらす。
「んで?マキト、他にはないのか?」
が、すぐに好奇心に負け、マキトと呼ばれた赤髪の青年に再び質問を始めた。
「んー、じゃあ、次は隊員の体験談はどうすか?結構笑えるエピソードもあるんスよ――」

俺の名前は神凪マキト
今、働いてるこの店……まぁ、ホストクラブなんだけど、
それとは別に「ヴィスタ―」に所属している。
ちなみに詳しく言うと戦闘部隊の第3班所属 所属歴半年
「ヴィスタ―」で一番危険を伴う部隊なわけだが、
まぁ、何だかんだで元気に日常は送れてる。
ちなみに つい最近、3番隊隊長に「あれだけ戦って五体満足、流石ですね。
是非これからも馬車馬の如く働いてください」
とか言われたけど。うん、大丈夫 これぐらいじゃもう落ち込まない。
あいつの嫌味、暴言には所属当初からこれでもかというほど酷い目あってる、
・・・時々ちょっと泣きたくなるけど問題ない。

「――とまぁ、こんな感じっスね。そろそろ休憩時間終わるから、持ち場に戻らないと…。」
そう言って、話を終わらした俺に先輩は少し名残惜しそうにしながらも同意した。

そうして休憩時間が終わり、持ち場に戻ってから約十数分後ぐらい経った頃だった。
俺の懐の携帯が突然震えだした。
お姉さま方に軽く謝罪し席を離れて裏に回る。
そして、少し無意識にためらったあとで携帯を引っ張り出す。

俺はやや引きつりながら恐る恐る携帯の画面を見た。……やっぱりメールが1件届いてる。
そして諦めたようにメールを開いた俺の目には単純明快な一文。

「ヴィスタ― 緊急要請 30分以内に本部に来なさい でないとクビにします。 秋村リノ」


その後、偶然通路を歩いていた店長に「ヴィスターの仕事なんで失礼します!」と、
走りぬけざまに言い残して俺は猛ダッシュで本部へ走った。
この店から本部まで数kmはあるというのに!!
リノの奴、俺が体力あるからって平気で無茶苦茶なことをメールで簡潔に言ってくる。

……しかも、その無茶苦茶を言う対象が俺だけって言うのが酷い。
他の奴らにはむしろ優しい。確実に差が酷い。

俺は泣きたくなるのを堪えながら全力で本部への道のりを走るのだった。

なんかもう、奇跡と言えるがなんとか間に合った、
息の粗さが半端ない、と、いうか立っているのもかなり辛い。
しかしリノのことだ、部屋まで行かないと容赦なく遅刻とみなすだろう。
俺は最後の足掻きと言わんばかりにリノのいるであろう部屋の扉を開けた。

扉を開けた先にはあまり大きくない部屋に、
十数人が並んで整列していて、窓も正面奥一つしかないという、非常に圧迫された空間があった。
俺はホッとしたせいでバランスを崩し部屋の中に倒れてこんでしまった。
周りの視線が痛い。ついでに足も痛い。
「お疲れ様です。時間ギリギリですね。では、休む間もなく指令を言い渡しますので、力尽きて地面に突っ伏してないで
さっさと立ち上がって指令を聞きなさい この下等生物が。」
少し濃いめの茶色い長い髪を翻して3番隊女性隊長、秋村リノは書類を見たまま表情の一切ない顔で容赦ない一言を言い放った。
分かってはいたが泣きたい。せめてこっちを見て言ってほしい。

近くにいた穏やかな雰囲気の青年が
そっとタオルと冷たい水がなみなみ入ったコップを差し出してくれる。
龍宮ジンと言って、最近入ったばっかの新人だ。
……まぁ、俺も十分新人と言えるだろうが、俺よりさらに新人だ。

龍宮からもらった水をあっという間に飲み干し、タオルでかるく汗を拭いたあと、
俺は立ち上がって真っ直ぐリノの方を見る。

リノは数秒目を閉じた後、静かだがよく通る声で書類を読み上げ始めた。

「今回、被害を出しているシハーブは、ある程度の強さの魔力を持っているタイプのようです。
おそらく、――の世界の者だと思われます。
その為、本来ならば多大な被害が出るでしょうが・・・」

リノは視線だけを軽くこちらへ向けてきた。
その視線の意味することを理解し、俺は軽く頷いた。

ちなみに魔力とは、まぁ、名前のまんまで魔法を扱うための力だ。
魔法の使えないこの世界からしてみればあまり解明のされてない力への対処は難しい。
だから、魔法を使えるというだけでだいぶ危険視される。
ちなみに、この世界に来るシハーブたちを世界ごとに分けると結構多い。
ざっと思い出すだけで20世界はある。
しかし、その中で魔法を使える住人がほとんどという世界はそう多くない。
せいぜい10分の1程度だ。

と、まぁここまで言うと魔法がヤバイくらい危険なシロモノかと思っているだろうが、
実際魔力というのはピンキリで、世界を焼き尽くすぐらいの強力な魔力を持った奴もいれば
蝋燭に火をつけるので精一杯の奴もいる。

しかも、魔力は有限で、一度使ったら同じぐらいの魔力が戻るのには時間が必要になる。

ようは生まれついて持った魔力の器の問題で、
ヴィスターが手こずる程の魔力を持った奴なんて
そうそういない・・・が今回はその「そうそう」にあたったらしい。


と、なると今回の作戦はリノの視線の向け方からしておそらく・・・

「今回は魔力への対処レベルでメンバーを編成します。

幸い相手は1名のようですので、前線に神凪マキト、そのサポートを私が、
後のメンバーは近隣住民の避難誘導、伏兵がいないかどうか周辺の見回り、以上です。
理解した場合は即移動してください。返事はうるさいので無用です。」

言い終わると同時に部屋にいたメンバーほぼ全員が動き出した。
残ったメンバーはおそらく今回の編成に不満があってリノに言おうとしてる目立ちたがり屋だけだ。
ちなみに、短時間でその不満を理論で叩き潰すのがリノの得意技だから特に問題はない。
俺には確実に拒否権はないから、さっさと終わらせて店に戻ったほうがいいと思い、部屋の外に出ようとする。
すると、俺の横にいた龍宮が歩きながら、おずおず話しかけてきた。

「マキト先輩・・・あの、リノ隊長のマキト先輩への態度についてなんですけど・・・
僕の個人的な意見としては・・・あれは、多分――」
「ん?・・・ああ、大丈夫だよ。アレの真意は大体理解してるつもりだから。」
龍宮がほっとしたように笑顔を見せた。
「それなら良かったです。・・・先輩、先輩なら大丈夫だと思いますけど、
くれぐれも無理はしないでくださいね。じゃあ、先に行ってます。」
そう言って龍宮は小走りで廊下の向こうへ行った。
俺は少し立ち止まって息をつき、そして軽く笑う。

「・・・そこまで俺を心配してくれてる奴なんて、ここでは龍宮だけかもなぁ。」

その後、リノに正論で叩き潰されて魂が抜けたようにふらふら部屋を出てきた目立ちたがり屋たちに
廊下で突っ立っていた俺が押されてそいつらと一緒にドミノ倒しに倒れる派目になったとか、
その姿を部屋から出てきたリノに見られて冷たい視線を向けられて泣きたくなったというのはまた別の話である。




今回のシハーブ出没場所は人気の少ない入り組んだ裏通りだった。
避難者が少ないのはありがたいことだ、
人の多いところはどうしても避難が遅れる。つまり目撃者が増えてしまう。
ヴィスターは、・・・特に3番隊はシハーブ捕獲の際の戦闘を民間人に目撃されることを非常に嫌っている。
もちろん、俺も目撃されるのは嬉しくない、むしろ本気で見られたくない。

まぁ、この秘密主義もヴィスターが「内情がよくわからない組織」扱いされていることに拍車をかけているわけだが・・・。
そのようなことをつらつら考えていたら、突然後頭部を固いもので軽く叩かれた。後ろを振り向くと、
「そのような場所にいられると邪魔です。今すぐどきなさい、もしくは特攻して囮になりなさい、この赤カカシが」
と、一応俺のサポートであるリノが小型の大砲のような銃をこちらへ突きつけながら冷たく言い放った。

――戦闘の傷よりリノの暴言による心の傷の方が毎回深い気がする。

と、いうか、カカシの色が指定されているのは俺の髪の色からか、それとも不吉の予兆か詳しく・・・考えたくない。
ちなみにリノが持っている銃は中からシハーブ用の捕獲ネットが飛び出すという物だ。
それは撃って数秒後に特大電撃が流れる恐怖アイテムでそれでシハーブを気絶させるというものである。

もちろん、俺も過去に何回かシハーブ捕獲の際に巻き込まれて食らってる、あれは意識が飛ぶ。飛ばないほうがおかしい。
と、いうかリノは、あれを俺への迂闊発言へのツッコミにも使う。・・・もちろん他の人には使わない。


ふと、俺はリノに問いかけた。
「リノ、今回の奴はあの世界のやつだよな?」
リノはいつも通り無表情に淡々とした声で質問を返してくる。
「さっき説明したでしょう。それとも、もう忘れるほどの鳥頭ですか?だったら使えないクズですね。お疲れ様でした。
脳まで下等生物はさっさと故郷へ帰りなさい。」
「違うって!ちゃんと覚えてるよ!!確認したかっただけだ!!」
相変わらず見事に1つの言葉を10の暴言で返してくる隊長だ。
リノは軽くため息を付き銃を下ろした。
「そうです。貴方が一番戦いたくない世界の住人ですよ。もちろん貴方の意見など完全無視して戦ってもらいますが。」
リノの言葉の端々に見える暴言はスルーしておく方向で俺は会話を続ける。
「今更文句は言わねーよ。十分特別待遇だし。ただ、昔のことを思い出すから、ちょっとな・・・」

「・・・問題ありません、貴方が少しの傷に耐えてきちんと仕事をこなしさえすれば、こちらはこちらの約束を守ります。
もちろん、最新の注意をはらって処理をします。」

あくまで淡々とした仕事口調だが、仕事だからこその絶対的な義務感と責任感がありがたい。
「ん、サンキュ。んじゃ、そろそろ行ってくるな。」
そう言って裏通りへ俺は駆け込んだ。リノは、俺の入った道とは違う道から入ったはずだ。
そうして、二手に分かれて相手を探す、俺達がよくやる作戦である。
リノは隊長の肩書きに違わない程の実力があるのであまり心配はしない。俺は自分の入った道を駆けまわり始めた。



しかし、耳に付けた連絡機でリノとちまちま連絡するものの、シハーブらしき姿はなかなか見つからなかった。
連絡機から、絶えず暴言が飛び出してくる。

「こちらは変わり無しです。あえて報告するならゴミの散乱と壁の崩壊が酷いです。
貴方の部屋のほうがまだマトモですね。おめでとうございます。」

「今ネズミが通りました。貴方のお部屋のネズミさんだったら面白いですね。
ネズミに愛されて下等生物にはお似合いです。」
「まだ見つからないのですか?シハーブ探しは貴方の得意技ではなかったのですか?
見事なまでに使えませんね。このカス生物が。」

流石にこのまま延々と罵倒され続けたら俺の精神がたまったもんじゃないので少し強めに反論した。
「見つからないのは、相手が気配殺してるせいだよ!相手が何かしら反応してくれれば分かるって!
と、いうか、まだ、って何!?俺の借りてる部屋はまだ崩壊するほど古くないから!
部屋はちゃんと片付けてあるから!!ゴミとかちゃんと分別して捨ててるから!!ネズミいないから!
それ以前に人の部屋に勝手に入るな!鍵閉めてただろ!!どうやって開けたんだよ!」
対するリノの返事は相変わらず淡々としていた。
「部屋に関してはただの憶測ですのでご安心を。見かけによらず几帳面なのですね。
それほど掃除が好きだというのならヴィスター本部内を隅々まで綺麗にしてきたらいかがですか?
あなたの最底辺に近い評価が微かに上がるかもしれませんよ?
どうぞ、お掃除おばちゃんよろしくお掃除爺さんでもこなしてください」」
「爺さんじゃないから!!まだ俺若いから!!」
「黙りなさい実年齢――」
「わーーーーっ!!わーーーーーーっ!!ストップ!ストップ!!それ以上は言うな!!」
裏通りに俺の声が響く。ここに探しているシハーブが居ようが居まいが俺は関係なく騒ぐ。
この話だけはアウトだ。
そこに触れるのだけは勘弁して欲しい!

そして、そんな俺の絶叫が止んで少しした時だった。
通信機から妙な雑音が聞こえてきた。突然走りだした時の風の音により、生じるノイズ音。
軽く血の気が引く音がした。
そして耳にくる雑音まみれの爆発音。
俺は、その爆発音が終わる前に入り組んだ裏路地を駆け出した。


リノが居た所は少し大きめの十字路だった。
俺がリノの所にたどり着くと、リノは俺の方へ微かに視線を向けた後、また前へ向き直った。
リノが無傷で立っている姿を確認し俺はわずかに安堵し、息を吐く。そして、周囲を見回した。
シハーブの姿はない。しかし、時折地面から炎が吹き荒れている。
「絶叫非常に耳障りでした。それ故に、こちらの耳は痛みを生じ、あなたは反応に遅れました。
非効率というか、こちらにマイナス要素ばかりです。結果、あなたの雀の涙程度の給料を差っ引くことにします。」
「待て!そもそもその非効率の原因の発端はお前の発言だろ!
なんで俺の給料が減るに至るんだよ!ただでさえ貧乏で生活難してるんだから勘弁してくれ!」
敵の攻撃と思われる炎を避けながら俺たちは口論を繰り広げた。つくづく妙なところで器用だと自分でも思う。
そして、その中で敵の姿を探す。リノも同じように隙無く辺りを見回しているようだ。

しかし、敵の姿は見つからない。
「遠距離から適当にぶっ放してるって感じだな。多分こっちの姿もロクに確認してないと思うぞ。」
俺の発言にリノが軽く首を縦に振る。
「ええ、私もそう思いました。私と出会ってすぐ逃げたのでそう遠いところにはいないでしょう。」
リノは静かに響く声で書類を読み上げるように話しだす。
「私が確認したシハーブはおそらく獣人、相手は私の姿を見た直後に炎の玉をこっちに投げつけまくって逃げました。
さっきからやたら魔力の無駄遣いをしていますね。自信過剰でしょうか。もしくは臆病者のチキン君ですね。」
なんかちょっと話が脱線しかかっているので、俺が急いでフォローする。
「多分、威力が少ない魔法で魔力消費を抑えてるんだろ。だから、こんなに連発できる。
たしかにこんだけ絶え間なく魔法放てる奴は"そこそこ魔力が高いやつ"だな。
それにこのやり方は、敵に姿を見られづらいし相手に恐怖を与えられる。・・・普通の感性の人間ならな。」
俺はチラリとリノを見たが、リノはこちらに視線を合わせはしなかった、が、軽く空気が冷えた。
俺の言っている意味が伝わってしまったらしい。目線を向けなきゃよかったと、軽く後悔する。
「つまり、今回の相手は"破壊衝動の強い基地外"と言うことですね。
銃を向けやすい相手で助かります。と、言う訳でさっさと動きを封じてきてください。このウスノロ。」

なんかもう、どんな奴だろうとリノに言われたら形無しというかなんというか・・・、
と、いうか俺はリノに銃を向けやすいような嫌な奴に認定されていたのか・・・。
さっきの発言のせいだろうか。だったら今すぐ謝りたいのだが無理そうだ。

などなど、なんか思考を巡らすたびに落ち込んできたので考えるのをやめておいた。

俺は、とりあえず、リノと反対方向に走る。そして、走った先の適当な角で曲がり、建物の影に身を潜める。
あんな所では集中出来やしない。俺は目を瞑り、周囲の気配を探った。
いくつもの赤い光が瞼の裏で弾けて消えて行く。

ふと、黄色の、小さく淡い光がゆらゆらと見えた。
俺は、それを見た瞬間に目を開け、迷うことなく裏路地を走り抜けた。
そして、道の途中に高く積み上げられた粗大ごみの山の前まで行き、一切スピードを緩めることなく、
ゴミ山へ向かって走った。

そして、ゴミ山の中で一番高い所に積み上げられた冷蔵庫を足場に、俺は裏路地の壁よりも高く飛び上がった。

そのまま、落下速度を利用しておそらく設計上のミスかなんかで四方を壁に囲まれた、
外からは決して見えない場所に居た獣姿に近い獣人型のシハーブに飛びかかった。
そのまま、地面へ倒し、相手が逃げれないように腕を使って組み伏せる。
相手の顔を見た俺は、咄嗟にこちらの顔を見られる前に一発殴って気絶させようとしたが、
相手は獣人、獣の勘とかいうやつかは分からないが、相手は混乱しながらも咄嗟に横に転がって俺の攻撃を避けた。
俺は、軽く舌打ちしてから、またすぐに逃げられないように腕を戻した。

そして、相手は俺の顔を見た。その瞬間、相手は一瞬驚愕とした表情を見せる。
しかし、その顔はすぐに憎悪と侮蔑と嘲笑に満ちた表情へと変わった。


「何だ、テメエどっかで野垂れ死んでくれたと思ったのに、こんなところで組織の犬になってやがったのか。
あの異常な魔力はどうした?器がどっかで壊れて使えなくなったのか?
そんで今じゃ組織の犬か。よくお似合いだな、人型。いい気味だ。」

獣人のシハーブはそう吐き捨てた。俺は、自分の中の暗い感情が微かに湧き上がるのを感じた、
獣人のシハーブが微かに苦悶の声を上げる。はっと気づいて俺は腕の力を振りほどかれないギリギリの強さに直す。
無意識に力が入っていたらしい。
俺は、なるべく声に感情を込めないように、表面上は冷静に言葉を返した。

「好きなだけ言えばいいさ。俺はシハーブだが平和主義なんだよ。
魔力はこっち来るためにあらかた捨ててきた。あんなんあってもヴィスターに危険視されるだけだからな。」

「お前らみたいな戦闘狂じゃないんだよ、こっちは。」
徐々に過去に叫びたかった幾つもの言葉が溢れてくる。
昔は言えなかった言葉が今言えるのは、自分に"ヴィスタ―"という後ろ盾ができたからだろうか。
「毎日毎日因縁つけられて攻撃されて、
逃げれば罵倒、勝てば化け物扱い。やってられるわけ無いだろ。王になんてされてたまるか。」
"王"と、いう言葉を口にした瞬間、獣人のシハーブは突然暴れながら叫んだ。腕の力を少
し強める。
「当たり前だ!本来ならば奴隷階級にいるような人型に栄誉ある勝者の証である王の座を奪われてたまるか!
この卑しい人型め!」
耳に、過去の傷に、狂ったように叫び散らす獣人の声が響き、響き、痛む。



その世界は実力が全てだった。世界を統べる王は、誰にも負けない絶対の勝者にのみ与えられた。
最強の勝者の証である王の座を誰もが羨んでいた。
実力のないものは、死ぬか誰かの奴隷になるか強い者に見つからないように細々と生きるかだった。
その中で、特に人型と呼ばれる、ぱっと見、人間にしか見えない者たちは辛い生活を強いられていた。

でも、それにより、確かに世界の安定は保たれていた。誰もがそう感じていた。

けど、それに歪みが生じたのは、俺が生まれてからだった。
人型でありながら、生まれつき誰よりも強い魔力と戦いに関する天賦の才が俺にはあったらしく。
物心ついた時には、王の座を狙う者や、人型を王とするのを嫌悪する奴らに毎日のように戦いを挑まれていた。
同じ人型の奴らは俺を"化け物"扱いして触れることすら嫌がった。
相手はいつも、俺を殺す気だった。俺は死なないために、動けなくなるまで相手をボロボロにするしかなかった。
決して止めを刺さないその様を、誰もが"臆病"と罵った。


それが、たまらなく嫌だった。

だから、4年前、自分の中の魔力をほぼ全て使って、俺は境界に異常が起きないギリギリのラインで"穴"を作った。
逃げ出したと思われても良かった。
ただ、殺人を強要する環境から、同族を同族とも思わない環境から離れたかった。願いはそれだけだった。



過去の傷による痛みを遮断しようとして、今度は押さえつけていた腕の力が無意識に緩んだようだ。
獣人のシハーブは俺を振りほどき有らん限りの力で突き飛ばした。咄嗟に身を捻って何とか頭が壁に直撃することだけは避ける。

やばい、と思った時には獣人のシハーブは、既に壁の一番上に立って、逃げ出そうとしているところだった。
「この世界を奪い取る前にお前の所属する組織とやらを潰してきてやるよ!」
そう叫びながら身軽な獣人のシハーブは、壁を蹴り、跳び去った。


・・・はずだった。そう、そのシハーブが立っていた壁にできる限り背を付けながら
真上、つまり、シハーブが飛び上がった際にそのシハーブにピッタリ照準が重なるように銃を向けてたリノさえいなければ。


「それをされると困るので、少し痛い目にお会いください。

この戦闘狂の基地外の八つ当たり下衆が。」

それが、おそらく獣人型のシハーブが意識を失う前に聞いた最後の言葉であっただろう。
その後のことは、目も眩むような強い発光と大きな電撃音と
言葉にならない獣人のシハーブの声だけが記憶に残る程度だった。






「相変わらず見事なまでに打たれ弱い精神ですね。豆腐より弱いのではないですか?
あの程度の言葉で動揺してないでください。ヘタレていじけてる男よりウザいものなどありません。」

「そもそも、さっさと殴って気絶させとけばよかったと思いますが?
そうすれば、こちらも銃を使わずに済んで経費が浮いたというのに、非常にもったいないです。反省しなさい。
それとも、その程度も考えつかないか行動できない低知能なのですか?
ああ、そういえば、今回捕えたシハーブも頭の方は残念そうでしたからね。
あなたの世界の住民は、魔力の代わりに記憶力、判断力を犠牲にしてるのですか?この異世界生物が。」



あの任務の後で、俺はリノに3番隊隊長室に呼び出され、延々と暴言を聞かされ続けていた。
この部屋唯一の出入口の扉の前には、心配して来てくれた龍宮がいる。
実際、動揺してシハーブを逃しかけたのは俺のミスなので黙って聞いている。
けど、そろそろやめてくれないと、真面目に泣きたくなるか、2〜3日落ち込んで部屋から出れなくなると思う。
そんな俺の言葉無き訴えを感じ取ってくれたのか、リノの暴言が、彼女の軽い溜息でようやく終わった。
「まぁ、あのシハーブも、いつも通り、"あなたとこの世界で接触した"
という部分の記憶を消してから元の世界に返しておきますからご安心を。」
「ああ、よろしくな。」
俺がこの世界にいて、ヴィスターに所属していることを俺の故郷の世界に知られると、
昔、俺に負けた執念深い奴らが境界を超えようと躍起になる可能性がある。

躍起になるだけなら被害はないが、境界の穴が更に広がったり、最悪、境界が消えてしまったらその被害は計り知れない。
だから、俺の故郷から来た世界の奴らは帰す前に、俺に関する記憶を消しておく必要がある。

「次はちゃんとやるさ。」
「どうでしょうね。何しろ頭の残念な異世界生物ですからね。」
こちらの前向き姿勢を突き崩してからリノは隊長室から出ていった。
俺は軽く息をつく。相変わらす一切容赦のない罵倒だ。
リノと入れ替わりに隊長室へ入ってきた龍宮がふぅ、と息をついてから俯きがちに俺に話しかけてきた。
「今回はお知り合いさんだったらしいですね、先輩。・・・えっと・・・その・・・お疲れ様でした・・・。」
なんかやたら気を使って話しかけてくる龍宮の頭を俺は適当にガシガシ掻き回した。
驚いて顔を上げた龍宮に俺は笑いかける。
「知り合いって言っても、俺からすれば顔もロクに覚えてない"昔のその他大勢の挑戦者"の1人だからな。
そんな奴からの蔑みなんてあんまり気にしてねえよ。だから、お前も気にするな。」
俺の言葉に龍宮が少し安堵した顔になる。
「それに、リノのお陰で、だいぶ立ち直りも早くなったし、多少の陰口も平気になったし。」
俺の些細な言葉に龍宮は更に嬉しそうに笑う。
「隊長と先輩が頑張ってるお陰ですよ。先輩も大変だろうけど、隊長はもっと大変ですもんね。
でも、最近はだいぶ隊長の成果が出てきてると思います。」
「・・・そうだな。リノからすればマイナスしかないだろうに。よくやってくれてると思うよ。」


半年前、ふとしたことでヴィスターに発見された俺は、元々の圧倒的な能力の高さから
本来、破壊活動や傷害などの事件を起こさなければ、監視者付きならこの世界の居住が許
可される、という規則を無視して、
強制送還が行われるはずだった。抵抗すると、怪我人を出すことになるから悔しくても抵抗できなかった。

しかし、それを止めたのがリノだった。

一部の上層部すら恐れる冷酷無比な隊長、とか言われてる、秋村リノによる監視、リノへの服従。
ヴィスターのメンバーとして迎え入れて危険なシハーブの捕獲。
定期的に研究班や治療班への無償魔力提供。

それらの要求を飲めば、この世界での居住を約束する、
それが、リノがギリギリまで制限を絞った約束だった。

リノは不満の声を漏らす上層部をお得意の意見潰しで納得させた。


しかし、シハーブがヴィスターで働くことを不満に思う者たちの俺やリノへの陰口は酷いものだった。
もともと、リノからは、他の人より結構容赦のない一言を言われていたものの、
その風当たりが酷くなった頃から、リノは俺に対して今のような罵倒、暴言を言い始めるようになった。

最初はリノが俺を助けたことを後悔したんだと思った。
だったら、元凶である俺が罵倒されるのは仕方ないんだと、その頃俺は、だいぶ後ろ向きな考えだった。

けれど、リノに理解を持っていた上層部の1人がこっそりと俺に教えてくれたのは・・・。


「まぁ、これ以上ないくらい分かり難いけどな。俺、本気で見限られたと思ったし。」
龍宮はちょっと困ったような表情をした。
「うう、そうですね。自分が先輩の立場だったら、絶対勘違いしてたと思います。」
俺は、少し視線を逸らす。俺は確かに勘違いしてたが、実は結構他者の行動や言動に鋭い龍宮は、
おそらく、落ち込みはしても誤解はしなかったと思う。
事実、リノの真意を理解してるのは3番隊にだってほとんどいない。
しかし、それに気が付かない龍宮は困ったような顔をこちらに向けたままだった。
俺は、部屋に一つだけある窓を見た。窓際には花瓶が置かれており、
その中には、淡い紫色の花が一輪だけ飾られている。
あの花は、リノが俺に暴言を言い始めた頃、リノによって飾られた。
それからずっと、リノは枯れた花は変えても、違う種類の花に変えたことはない。
俺はまた、少し笑った。あいつほど素直じゃない奴を、俺は知らない。


リノの言葉は、誰よりも理不尽で容赦がない。
それはつまり、ヴィスター本部内の陰口よりも、だ。
俺が下手に怒ったり反抗したりすると、最悪契約違反とされ、強制送還される可能性がある。
そんな、非常に弱い立場にある俺が、どんな理不尽な陰口にも耐えられるようにしないといけなかった。
リスクの大きい賭けではある。でも、リノはそれに賭けた。

他のことだって全て同様だ。

数々のムチャぶりは全て命令への忠実さと、反抗の意思がないという確固たる証明と実績を見せつけるため。
俺を積極的に戦わせるのも、魔力使用も許可されている戦闘で魔力の発散を行わせるため。

だから、俺は受け入れられる。
リノの行いは、俺を受け入れ始めたヴィスターにとって、非難されるほど酷いものだから。
それでもリノは、俺への非難が終わる最後の時まで続けるのだ。そういう奴だからだ。
少しでも早く、その時が来るように、例え、その地位を脅かすことになっても。


俺は花瓶の花から視線を外す。
龍宮が、何かを言おうとしようと口を開く――すると、突然すごい勢いで扉が開いた。
「うひゃああああああ!?」と、龍宮の情けない声が響く。
扉を開けた主は突然こっちの鳩尾に向かって正確に、そして半端ない勢いで何かを投げつけてきた。
当たっちゃたまらないと俺は咄嗟にその投げられたものをキャッチする。

それは、缶コーヒーだった。ちょっと先の廊下にある自動販売機で売っている。
触っている手からは冷気が伝わってくる。どうやら冷たいやつのようだ。
扉の向こうに居たのはリノだった。

リノは、いつも通りの淡々とした声で呟く。
「休める時に休みなさい。大事な時に倒れられたら始末書や、倒れたあなたの救助など迷惑被るのはこちらですので。
・・・まぁ、異世界生物で今現在は馬鹿みたいな体力と筋力しかないあなたには支障もないと思いますが。」
そう言って、リノは今度は扉を静かに閉めて去っていった。

俺と龍宮は顔を見合わせた。
どちらからともなく笑い合う。


窓から吹き込む穏やかな風が、窓際の花瓶に刺さっていた一輪の花浜匙(ハナハマサジ)を揺らした。



・・・・・・・次の日

「リノ!お前いい加減、俺が全力で走ってぎりぎりで間に合う時間で呼び出しするのをやめろよ!!
こっちは人に見つからないように屋根とかいろいろ伝って近道して何とか間に合ってるんだぞ!!
流石にもう10分ぐらいは伸ばしてくんないとこっちだってヤバイんだよ!」
「早めに来れるならギリギリまで早めに来てもらったほうがありがたいですので。
それによって、貴方が知人にでも見つかってどんな反応されようが、屋根を陣取っていたものの突然現れたあなたによって
縄張りを追い出された数々のカラスや雀から恨まれようと、こちらの知ったことではありません。」
「いやいや!知れよ!屋根で足音立てないように走るの大変なんだぞ!!
俺だってなるべくカラスや雀に喧嘩売りたくないから!」
どうせ意味は無いとわかっているものの俺はリノに向かって抗議していた。
扉の向こうからこちらを覗きながらオロオロしている龍宮を尻目に俺はリノに非難をする。
しかし、リノは眉一つ動かすこともなく書類にサインをしながら静かに俺への暴言を続けていく。
「ウザいですね。騒がしいですね。耳障りですね。隊長の責務であるクソ面倒な書類整理を妨害し、
更に面倒にしてくる迷惑この上ないです。実年齢812歳にもなって上司に文句を言うダメ男爺は、
今すぐ故郷へにでもお帰りになって二度と戻って来ないでください。」

「ね・・・年齢を言うなああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!」

俺は真っ青になって、気づけばあらん限りの大声で叫んでいた。
屋根で羽を休めていた鳥たちが一斉にバサバサと飛び立ち、ヴィスターの本部に居た人や、
本部の近くの道を通っていた人々がその声に驚いて振り向いた。
少し後に、低めの威圧感のある声が怒り狂ったように俺の名前を叫んだ。俺だけでなく龍宮の顔までもが真っ青になる。
リノだけはいつも通り何食わぬ顔で書類整理をしながら俺に向かってぼそっと呟いた。
「今の声は相当ブチ切れた本部長の声ですね。では、思う存分絞られてきてください。自称人間換算16〜7歳殿?」


そして今日も、穏やかな日々を映すように淡紫の誓いの花は
風に揺れながら花瓶の中で静かに咲いている・・・。




==============あとがき

はい!という訳で初読み切り作品です!
いろいろ、無理矢理感がありますが生温かい目でスルーしてくれると嬉しいです!
この作品は本来学校で行われたイベント用に作成したものです

読み切りとかほとんど書いた経験なかったので
なかなか苦労しましたが、無事最後まで書ききれてよかったです;

リノちゃんの暴言を考えている時が一番楽しかったりします!(え

ちなみにそれぞれのキャラの名前にはちゃんと漢字がつけられてます
小説だと漢字名とか邪魔なのでとっぱらいましたけどねw


神凪マキト→神凪真木斗
秋村リノ →秋村利乃
龍宮ジン →龍宮仁


ではでは、最後まで読んでいただきありがとうございました!

戻る