ねぇ 泣かないで

全部壊してあげるから 全部殺してあげるから

全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部
全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部
全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部

そして安心できるように

君にその残骸を捧げるから

――壊さなきゃ 守れないんでしょ?



「悲刺姉ー」
そう言いながら紫の髪が印象的な少年、――奈色の紫である落紫、は
前の方にいた人影に軽く突撃する。
彼自身、我ながら馬鹿らしいまさに子供といった感じの行動だと思っているものの、
目の前の人影はそういう行動をすると優しく自分を撫でてくれる。

その人影は最愛の義姉、奈色の青である悲刺だ。
彼女に撫でられるととても懐かしい感覚を覚えるので落紫はその行動が好きだった。
だからよく落紫は彼女に甘えてしまう。
悲刺の方も嫌がる様子もなくむしろ嬉しそうに撫でてくれるので
まぁ、いい感じ、というやつだと思われる。

今日もいつもどおり撫でてくれたが、
悲刺の視線がずっと前のほうを向いていたのが気になった落紫は
「悲刺姉どうしたのー?」
と悲刺の横から彼女の視線の先を何気なく見る。
――次の瞬間、自分の顔は姉に甘える弟から奈色の紫である落紫になった。

その視線の先にあったのは残骸。
手、足、頭はもちろん
指と手の甲、胸と腹、膝と太ももが細かく分断されてバラバラになっている。
周囲に散らばる肉塊がまるでその残骸から這い出た蟲のようにも見えた。
瞳は涙に濡れながら虚空を眺め、口はだらしなく半開きになっている。
そして、それらを包み込むように広がる血潮。

「私、また殺しちゃったみたい」
その言葉を聞いて自分は無言で顔を上げる。
悲刺は瞳に大粒の涙を溜めて、今にもその大きな瞳からこぼれ落ちそうになっている。
そして、その涙が目に留まることができず、溢れ出した途端に押し殺したような
嗚咽が彼女の喉から漏れ出した。
「悲刺姉……」
「ごめんね、落紫くん。私……、帰るね」
そう言って自分が居を構える方に悲刺は走り去った。
取り残された落紫は、暫く悲刺の走り去った方向を眺めていたが、
おもむろに残骸に目をやって

荒々しくその残骸を踏みつけた。

ぐちゃり、と気持ちの悪い音がしたが、構わず今度はぐりぐりと踵を回す。
虚ろの世界の地面がざりざりと砂のような音を立てた。

10秒ほど踵を回し続けた後、
足を地面から離す。靴についた黒い薄い欠片がボロボロと剥がれ落ちた。
そして、また力を込めて別のところにある残骸を踏みつけた。
その後同じように踵を回す。
その行為を時間を忘れ何度も何度も繰り返し行う。

そして、どれほどの時間が過ぎたのか

ふいに足を離し踏みつける前と同じ姿になる。
目の前にあるのはより無残になった残骸であった"それ"。
力の限り踏みつけていたので足が痛いが気にすることなく、"それ"から踵を返した。

"それ"に背を向けた瞬間、"それ"は突然群がってきた歪な姿の鳥たちに啄まれ続ける。
そして、鳥たちが去ったあとには血だまりのみを残して"それ"消えていた。


落紫は一度だけ振り返り、――笑う

彼女を泣かせた物は全部壊れて無残に消えればいい。


その様をたった一人見ていた者がいたことを知ったのはまた後日のこと――




ある日のこと、ちょうど見つけた切流に適当な額の小銭を押し付け
落紫は買い物を彼に押し付ける。
もちろん切流が断りにくくするようにお釣りは全部彼に押し付けることを述べ、
渋々といった感じを隠すことなく態度に表す切流を笑顔で見送った。
落紫は切流が帰ってくるまで適当に虚ろの世界をぶらついた。

見つけた迷い人を3人ほど殺したところで
切流が戻って来たようで、
目の前に広がる惨劇に顔をしかめながらも
切流は頼んだ物が入っている紙袋を落紫に押し付け呟く。
「それしか暇つぶしを知らないんですか?」
「きゅーほど自分に抗うことに興味がないんだよ。」
「その呼び方いい加減にやめてくれません?」
「やーだね」
そう返したあと、落紫は彼の返事を待たずにその場から飛び出し、
悲刺が居を構える建物へ走っていった。

彼女にこの紙袋の中身を渡して喜んで貰う為に

しかし、ついたその建物から人の気配がしない
出かけているのか、と思い落紫は彼女を待つために建物の周囲をぶらぶら歩く。


しかし、子供らしくせっかちな落紫はすぐに待つのに飽き、
建物から少々離れたところを探し回る。
「悲刺姉ならそうそう遠くにはいかないはずだし……、
遠出するなら入口のドアにメモを残していくはずだもんね……。」
と、自分の不安を打ち消すように彼女の普段の行動をつぶやく。
それと同時に、なぜ自分はこれほど悲刺に執着しているのか、
という疑問が頭の隅に僅かに浮かぶ。

しかしその些細な疑問は教会風の建物から聞こえた小さな嗚咽であっさり掻き消える。
そして、疑問など最初から浮かばなかったかのように
落紫は当たり前のようにその協会風の建物へ駆けていく、

―― 一瞬、茶色い髪の自分と似たような体躯の少年の姿を落紫は見た気がした。




薄暗い室内で彼女、――悲刺は泣いていた。
――いつから泣いていたのか、なぜ泣いているのか、
どうすれば泣き止んでくれるのか、何を壊せば笑ってくるのか。

物陰から彼女を覗く落紫は必死で考えていた。
――悲刺の涙を見ただけで自分は心が落ち着かない。
全てを壊してでも彼女が泣き止む為の方法を考えずにはいられない。

再び僅かに疑問が浮かんだが新しく彼女の頬を伝う涙を見て、
また瞬時にその疑問が消し飛ぶ。


悲刺が纏う悲しみを親の敵のような目で睨みつけながらも
落紫が必死で耳を凝らすと、嗚咽に混じって僅かに言葉が聞こえた。

「いや……っ。なま……ぇっ……。……こん……なに
つらぃよぉっ………誰…傷つ……るなまぇ、やだよぉ……っ
ひさは……やだよぉ…………っ」


それを聞いた落紫は微かに笑い、悲刺に気づかれないように
そっとその場を去っていった。



後日、悲刺がいることを確認してから落紫は先日渡せなかった紙袋を持って
悲刺の普段いる建物の方へ向かっていった。
そして扉を少し粗めに叩きながら
「氷雨(ひさめ)ー!あーけーてーっ!!遊びに来たよーー!!」
と名前の部分を少し強調しながら叫んだ。

ドアを開けた悲刺の表情があからさまに困惑しているが、
落紫は気にせず子供っぽい笑顔で笑う。

「氷雨!この間ね!きゅーに頼んでクッキー買ってもらったんだ!
一緒に食べよ?ひ・さ・め♪」

ようやく悲刺が少し泣きそうな笑顔で微笑み、「うん、……うん。」と涙声で呟く。
玄関の奥に通され、落紫は廊下を無邪気に駆ける。

その笑顔には僅かにどこか狂っているような
そんな不自然さが混じっていた。




――彼女を泣かした馬鹿の肉を踏みつけました。

――彼女の嫌いな名前を消しました。

――さて、次は何を壊せばいいのだろうか

――彼女が悲しい顔をしなくなるまで


――あと、何を壊せばいいのだろう。

――何千回、壊してあげればいいのだろう。


――ああ、次に壊すものは何かなぁ。楽しみだなぁ。


――あはは、あははははははは♪