近しき者はそれをおかしいと言った

他者はそれを狂気と呼んだ

自分はそれを幸福と説いた――



 「焉にいー!」
真っ暗の世界を荒々しく走り回る赤髪の青年。
奈色の赤、刻赤である。
今は途中ではぐれた奈色の黒、焉刃を探していた。

 「……こっちじゃねーのかな。うーん、どうすっかな。」
刻赤は手に持った身の丈ほどの巨大な斧を適当に振り回しながら
焉刃の居そうな場所を思い出し始めた。――が、途中でそれが意味のない行動だと考え諦める。
 「焉兄の居そうな場所なんてそれこそ10万ぐらいはあるか。」
と、刻赤は長い溜息を吐いた。

しかし、彼はまた走り出す。幸い体力には奈色の中でも自信があるので
走り回ることに苦労はしない。
 「焉兄見つけないと!」
それは、焉刃のためではなく何よりも自分の為の発言だということを彼は自覚していた。

 (焉兄の強い所をいっぱい見ないと!)
それこそが彼の行動理由だった。
焉刃を誰よりも慕い常にそばにいようとしていた。
 (俺は、焉兄の一番の弟分なんだから!)
刻赤は焉刃の強い姿を見るのが誰よりも好きだった。
精神に異常をきたしていても変わらない、
いや、むしろ前にも増して強さを体現する存在に彼は心惹かれていた。
 (それがアイツのおかげ、ってところが気に入らないけど!)
刻赤の脳裏に長い髪を一つに束ねた後姿が蘇る。

いつもアイツを見つけたときに一番に見るのは後姿だった。
そして自分が声を上げると振り向きざま少し細めの瞳で視線を向けられて、
ため息をつきながら用件を尋ねる、あの繰り返しの光景。

そして、いつもアイツの横に居た焉刃の姿――

 「あーーーっ!!余計なこと思い出した!!最悪!」
記憶を振り払うように手に持った斧を滅茶苦茶に振り回す。
と、突然横から「わっ!!」っと驚いた声が聞こえた。
 「ん?」
声のした方を向けばそこにいたのは見慣れない焦げ茶色の髪の男――。

腰が抜けたのか地面に手をついて怯えた顔をして言葉にならない言葉を発している。
 「ああ、なんだ。迷い人か。…………。」
情けない顔に涙を浮かべたなんとも頼りない表情。
少し刈り上げた短い髪に、自分より頭一つ分は高そうな背丈。
少しは鍛えているのか程よい体格が服の上からも感じ取れる若い男。

 「気に入らない。」

不快感を感じながら、刻赤は男を見下す。
持っていた斧を男に向けて高く上げた。

不意に パキリ、と頭の奥で乾いた音が響く。
その瞬間、刻赤は考えるよりも早く、男に向け、斧を振りおろした。




刻赤は男の服の切れ端で斧の血を拭っていた。足元にはおびただしい量の血溜り。
紅い肉の塊に変わったその男だったものがピクリと動き出す。
ボコボコと不快な音を立てて肉の表面が蠢く。

肉の塊だった物が徐々に形になっていく、

それは不恰好な犬のようなもの。

所々表面の皮が剥がれているところがあり、
その姿は醜くおぞましい。


その姿を見た刻赤は、少し笑ってその"元人間"だった犬の頭に触れ、

 「これで俺はもう、あのムカつく顔を見なくて済むな」

と笑った。


 「さてと、焉兄探さないとな。」
犬を適当な方向へ追い払い、刻赤は暗い暗い世界をまた走り出した。



十数秒ほどして、
先程犬が歩いて行った方向からおぞましい音が響いた。

その音の場所に居たのは、白銀の髪を靡かせ、所々が黒く染まった刀を持った案内者。

 「……。」
腹を裂かれた先程生まれたばかりのその犬は、
鳴き声とも呼べない何かの音を最期に発しながら、その動きを永遠に止める。

そして、刀で裂かれた場所から光が溢れ出し、
ゆっくりとその姿が掻き消えていく。

白希は掻き消えていく犬を最後まで見ることなく、
刻赤の消えた方向へ目を向ける。
その瞳は感情を映すことなくただ、その方向の景色を写す。

そして、そのまま僅かにその唇が動く

 ――その道で、貴方は本当に救われるのですか?

そう呟いたまま、白希は長い時間、刻赤去っていった方向を見ていた。
















































……の…は……した





























私…………待………………








































































































































――あの日は薄暗い小雨の日でした


















白い世界で私は信じて貴方を待っていました


私は信じていました




私ハ信じてイました




私ハズット信じてイまス






あノ日の私ハ、ズット信じテいマス






アノ日の私デハナイ私は マッてイマす














オワラナイ 世界 デ


オワラナイ 話 ヲ マッテイマス