――弱い犬はよく吠えた

小さな鳥は弱い犬を嫌った

弱い犬は小さな鳥が目障りだった

小さな鳥は―――――――





 「あれ、白希じゃないのぉ」
片目を眼帯で隠した女が笑う、白希はその言葉の主を見て咄嗟に後ずさりをした。
 「あははっ、安心しなさいよ。今は機嫌がいいから」
女はケラケラと笑う。しかし、白希の表情は尚も固い。
 「葉牙、その言葉でこちらは何度被害に遭ってると思ってるんですか」
葉牙と言われた女はスッと笑うのをやめて今度はニヤニヤと笑う。
 「そうねぇ何回かしらね、今のあんたは結構ちょろいから楽しいの」
 「……。不愉快ですが」
 「あら、悩み恨み憎しみ苦痛不愉快、どの表情も私は好きよ?知ってるでしょ?
それとも、私へのご褒美のつもりでわざわざ言ってくれてる?」

白希は諦めたようにため息をついた。
葉牙はその表情も楽しそうに眺める。
 「……葉牙は自分の異常な性癖に不快感を持たないのですか」
白希は葉牙が咄嗟に踏み込めない程度の距離をあけて地面に腰を下ろした。
ただし、その手のランタンはギリギリまで力を抑えているように僅かに揺れている。
しかし葉牙の表情は動じた様子はない。

 「あらぁ?今更私に興味持ってくれるの?信じられないぐらい嬉しいわぁ」
と、からかうように意地の悪い笑顔を葉牙は白希に向ける。
白希も慣れたように「無言劇も飽きましたので」と投げやりに返す。

その返答に初めて葉牙は少し驚いた表情で「へぇ」と呟いた。



そしてまた意地の悪い笑顔に戻り先ほどの白希の返答を葉牙は

 「私はあの泣き虫と違って私の全てを受け入れているもの。
私は終わらせてくれる時が来るまで幸せって感じるの」

と、恍惚とした表情で返した。
すると、白希は少し訝しむような表情になる。
"訳が分からない"といった表情だ。
それを葉牙はまたも嬉しそうに眺めた。


そして、数分ほどの空白の後、白希はボソリと葉牙に尋ねる。
 「……もしや、貴女は"ジキ"ですか?」
 「さぁ?私は選出基準がどういうのか知らないもの。答えようがないわ
でも、私をあえて表すとしたらそれになるのかしら。
ところで、あなたの場合はなにかしら?予想ぐらい付いてるんでしょ?」

そう言って葉牙は腰に下げていたナイフを抜く。
それは、言わないと実力行使に出る、という彼女の優しい優しい警告であることを
白希は知っていた。
そのため白希は、素直に言葉を返す。
 「確証はないですが候補があるとすれば二つですね。」
 「二つ?」
 「ヒントは"今と昔"、"私の役割"です。あとは自分で考えてください。
お好きでしょう?悩むこと。」

一瞬面を食らった表情の後、葉牙は顔を伏せた。
彼女からなにかの音が聞こえる。
それはすぐに噛み殺した狂った笑い声だと白希は気づいた。
合間合間に笑い声を挟みながら、葉牙は嬉しそうに答える。
 「私のことよく解ってるじゃないの。でも私はあんたのことをずっと知らなかったわ。
興味なかったもの。
……でも、いまのあんたには興味がある。今は表?裏?
ふふふうふふふっ、どっちでもいいわ。私は"白希"に興味を持った。
それが大事。終わりの余興とライフワークに素敵なテーマよね。」


葉牙はどこまでもどこまでも嬉しそうに笑う。
それがいっそ全て嘘なのではないかと思うほどにどこまでも嬉しそうに。
白希は少し哀れんだような表情で葉牙を眺めた。

忍び笑いはだんだん枷を外れて崩れていく。
そして、いつしか狂いきった高笑いに変わっていった。

その頃に白希の姿はなく、
ただ、そこには狂人が一人幸せに満ちていたのでした。









―――むかしむかし

1羽の鳥は犬を嫌いました

―――むかしむかし

1羽の鳥が犬を愛しました

―――むかしむかし

1頭の犬が鳥を嫌っていました




―――むかしむかし

1…の…が…を………


……