きっとそれは敬慕

きっとこれは夢現

きっとあれは幻想

そう、この瞬間はあの日の続き

全てはあの日の悪夢の続き

そう、解っていたはずだったのに





 ”その人物”は暗闇の世界でよく目立つ。
だから自分はいつだって見つけられる

 「破創!」
その人物とは対照的に暗闇の世界に溶け込む
自分の服を風で翻しながら、奈色の黒――”焉刃”は、
目の前の人物に声をかける

破創、と呼ばれた人物は焉刃の方をゆっくりと振り向き
 「焉刃か」とだけ呟いた

 紅い紐でひとつに纏め上げられた長い髪は、破創の最低限の動作のせいで
あまり揺れ動くことはない。その代わり破創が動くたびに血飛沫のようにも炎のようにも
感じられる赤い模様がよく目に入る。そして何よりもチリチリと頭飾りの鈴の音がわずかに聴こえてくる

 「何か用か?」
抑揚のない男とも女ともつかない中性的な声で、破創は焉刃に尋ねる。

それに焉刃は「んー」と言葉を濁したあと、
 「理由がないと、君に会っちゃ駄目なのかな?」とだけ返した。

破創は興味のなさそうな瞳で軽く焉刃から視線を逸らしながら
 「拒否する理由は特にないな」と呟いた。
焉刃は嬉しそうに
 「せっかくだから情報交換とかもしようか」と笑った。




そうして、二人は適当な場所を歩きながら情報交換という名の
焉刃のほぼ一方的な会話をする。

それは新しく見つけた地域の話だったり、
道端で拾った変な物の話だったり、
仲間の話だったり――

そうしているうちにほとんど喋らなかった破創が不意にぽそりと呟いた
 「――瑠灼(るや)が最近おかしい。」
焉刃はその言葉に少し顔をしかめる。
 「瑠灼も?こっちも最近、穿鴇(はとき)もおかしいよ」
 「穿鴇もか……。近頃瑠灼は言葉が通じない上に迷い人だけでなく自分の眷属の魔物も喜々として殺している」
 「穿鴇も話が通じないよ。しかも最近自傷行為が酷い。再生するからって首を自分で切り落そうとするし……」
 「血に狂ってると考えるべきか……」
焉刃から話を聞いた破創の訝しむ表情に焉刃は不安を覚える
 (破創、まさか……)

そして、その考えが脳内に文章として出てきたとき、
焉刃は無意識に破創の腕を掴んでいた

 「破創っ、まさか君っ……」
泣きそうな表情で声を絞り出す。その声はひどい涙声だ。
しかし破創の表情は変わらない

どこまでもこの世界に不釣合いな色を纏って
破創は来た道を何も言わず戻ろうとする。
破創の腕を掴んでいた焉刃もつられて元来た道を戻る形になる

 「ねぇ、破創!いいんだよ!そのまま放っておいても誰も何も言わないよ!!
私たちは奈色なんだよ!?きっとそうなるのは仕方ないんだよ!!!」
まっすぐ進もうとする破創の袖を破れそうな勢いで必死に引く焉刃は無意識に叫ぶ。
その声に破創は足を止め振り返る。

――その目に宿ったのは何の感情だったのだろうか。
    しかし、強い何かを宿していたことだけはわかっていた

焉刃はその瞳に気圧され袖を離す
破創はさっきまでのことがなかったようにまた早い足取りで歩き出す

言葉もなく、破創はそのまま去っていった
その場に取り残された焉刃はその場で立ち尽くしたまま
ただ、力なく言葉をつぶやく

 「……私がちゃんとするから……君にそんなことさせないようにするから……」

その瞳には涙が溢れ、ただ絶え間なく真っ黒な地面へ落ちていった





――その日、

瑠璃色を司る瑠灼と

鴇色を司る穿鴇が消えました

破創はいつもどおり

そして、全ていつもどおりになりました

ほんの少し変わっただけの

いつもどおりになりました








――

 「焉兄?」
小さな薄暗い部屋で、燃え上がるような赤い髪の青年が自分の顔を覗き込んだ
 「こっか…………、ああ、そうか、……私、寝てたのか」
寝ていたベッドから少し時間をかけて身体を起こした焉刃は、周りをぐるりと見渡し
 (そうだった、いないんだ……)
と、思い当たって周りを見るのをやめる

 (破創がいないんだ……)
どこかが欠けてしまった感覚を噛み締める。
そして、その欠けを埋めるようにどす黒い何かの感覚を感じた。
その何かに焉刃は無意識に意識を委ねる
 (そうだ。白希……殺さないと)
確証もない確信を信じて焉刃はゆっくりとベットから足を下ろし、出口に向かって歩き出す

その手にはいつの間にか鎌が握られており、
自然な動作でその鎌を横に凪いだ
部屋にわずかにあった花瓶や置物、写真立てなどが一瞬間を置いて砕ける

焉刃の後ろに居た刻赤は瞳を輝かせながら焉刃の後を追っていった


砕けたガラスの写真立ての中から破れた写真が顔を覗かせる
そこには「穿鴇」と書かれたサインと殆ど暗くて顔が見えないが
確かに人物が写っていたのだった。